文系でも頑張る

スイスで圧倒的に強い人達に出会った文系大学生が、なんとか強くなろうとあがく日記です。

「人と比べないこと」のすすめ

スイスインドアの決勝のチケットを買っている身として、今週は勉強よりもフェデラーに集中することを自分に許しているので、ブログに書けることも勉強以外になります。
実はつい先日、僕の親友の一人に、専門的な話だけではなく、僕の内面について書いてほしいというリクエストを頂いたので、今日は偏屈な僕の考えていることについて恥ずかしながら書いていきます。

題名でバレてますが今日は僕の「人と比べない」という考え方について書いていきます。
実は僕、自分と人とを比べて一喜一憂することを中学か高校生の時にやめてまして「よそはよそ、うちはうち」精神で生きてます。
その決して小さくない弊害として数年に一度、自分がうぬぼれていることに気づいて萎えるというのがありますが、個人的には得られているもののほうが多いと思うので気にいってます。
この精神で生きてるので、目標としている人物などもいません。笑
ちなみに昔は野口英世スティーブ・ジョブズにあこがれてました。

なぜ人と比べないかというと、そんなことをしても僕には意味がないと思っているからです。
例えば、人と比べて自分が優れている部分を発見すると、もしかしたら他の人は他者と比べて優れているところをさらに伸ばそうというモチベが湧くのかもしれませんが、僕はむしろ油断します。「俺はすごい!やっぱ神に選ばれた人間やわ!」という具合です。
逆に人と比べて自分が劣っている部分を発見すると、僕は比較対象の人の欠点を探してしまいます。「あいつは俺よりテニスできるけど、勉強は俺のほうができるし、全体的には俺のほうが価値高いはずや」という具合です。
要は、自己愛の強い僕のような人間は、他人と比べても一向に成長しないということです。ましてや、人と比べてはその人を見下し、大切な友達を失いかねません。
自己肯定感の弱い人にとっても、僕とは逆に、無駄に萎えて精神衛生上よくないのではと思います。

今こうしてかろうじて言語化できていますが、このように思い始めたのは中学生の後半くらいからだと思います。
僕は偏差値が50後半に届くかどうかくらいの中高一貫校の一番上のクラスに通っていました。
で、ずっと感じてたんですけど、そのクラスを概して言えば、無駄にプライド高い。(みんなごめん笑)さらに内向的で、選民思想持ってるんですよ。そんなわけで他のクラスの人たちからは好かれてなかったですし、逆に他のクラスの人達のことを見下すような空気感がクラス全体に漂ってました。
僕はそれがたまらなく嫌だった。
だって、もしかしたら勉強は僕のほうができたかもしれないけど、スポーツで活躍なんて僕にはできないし、他のクラスの面白いやつみたいに自分は面白くないわけで、僕にとってはそういう人たちは尊敬の対象なわけです。純粋にこいつらすごいなと。
結局勉強でもスポーツでも音楽でもトークでもなんでもですけど、優劣はその人の一面でしかなくて、一つの指標でその人全体の評価を決めるなんて無意味じゃないですか。
でも僕のクラスにはそういう雰囲気があったのは確かでした。まあ勉強で人を評価してたら自分たちが一番なのは自明でしたからね。これが灘とか開成とかとかそういうレベルの学校なら流石にうぬぼれててもいいと思いますけどね。
僕は全員が勉強ができなければならないなんて毛頭思ってないですし、むしろ一人ひとりが自分の得意なこと、個性を伸ばすのが正常な世の中だと思ってます。
だから、人としゃべるときはその人のいいところ、真似したいところに目を向けるようにしてきました
そのおかげかどうかは分かりませんが、部活の後輩や他のクラスの人からは「セガワはなんか他と違う」とか、セガワさんって勉強だけじゃないですよね」とか嬉しい言葉をたくさんいただきましたし、面白い友人たちがたくさんできました。まあ逆に勉強を極めることもできてませんが。

他者と比べるためには定量的な指標が必要な場合が多いんですけど、残念ながら人には自分に都合のいい指標を過剰に評価してしまう性質があるんじゃないかなと思います。

そんなわけで、人と比べることを大昔にやめました。

代わりに僕が比べるのは、未来のなりたい自分です。
なってたい自分に現在の自分を当てはめて、伸ばすべきところを探します。
自分のなりたい型ってのは、この人のここを真似したいな、っていう部分部分の集合体とも言えるかもしれません。
例えば、「今よりかっこよくなった自分」という将来の自分の像を考えたときに、周りや世間でかっこいいと自分が思う人のかっこよさの理由(「いつも服装に気を使っている」とか、「自分を客観的に見る能力が高い」とか、「そもそも顔がイケメン」とか)を探してみて、自分がその特質を得るために何が必要か考えるという感じですね。まあこのプロセスで他者との比較が暗にされてるかもしれないですけど。
自分がやりたいことをすでにやっている人を見て、研究したりもします。

長々と書いてしまいましたが、なりたい自分が現状と離れている限りは、油断せずに努力して成長できると考えていますし、「よそはよそ、うちはうち」精神はむしろ自分と周りの人の両方をリスペクトできる考え方だと思ってます。

あくまで僕の個人的な意見を別の言葉で繰り返すと、

・他の人と比べて自分が優れているところで人を見下しても、友達が減って刹那的な承認欲求が得られるだけで何も成長しない
・他の人と比べて自分が劣っているところを顧みても、実際に改善の努力を見せられるかはかなり怪しい
・それなら、なりたい自分を設定して、それに向かって走る上で他者の良いところを参考にしたほうが、みんな幸せじゃないか

という感じですね。

かくいう僕も、自分に余裕がなくなると不安を消すために人と比べたくなるんですけどね。
あと、僕が自信家だというのは速攻でバレるので、出会った人に「この人は私のこと見下してるんじゃないか」と思われてないか非常に心配です。

ずっと考えてたことなんですけど、文章化すると誤解なく伝わるか不安になってきましたね。
そうこうしているうちにフェデラーが準々決勝進出を決めたので、勉強に戻りたいとお思います。

ここまで読んでいただいた皆さん、僕のナルシズムに付き合っていただいてありがとうございました。
「お前こんな偉そうなこといっとるけど、周りのやつはそうは思ってへんで」といったフィードバックや、
「これについてはどう考えてます?」といったリクエスト等ありましたら(ないと思いますが...)、教えてくださると嬉しいです。