文系でも頑張る

スイスで圧倒的に強い人達に出会った文系大学生が、なんとか強くなろうとあがく日記です。

師匠紹介 Vol.1 ~英語&人生編~

またまた今度は南国の島々に住んでいる友達からリクエストを頂いたので、つらつらと書いていきたいと思います。
題名の通り、僕の師匠を紹介したいと思います。
僕には人生を変えてもらったであろう師匠が二人おりまして、今日はそのうち大本の大本である英語と人生の先生(同一人物です)について書きます。

残念ながら、この先生はもうこの世にはいらっしゃいません
僕が先生のもとで学んだのは、高校一年生の途中までです
僕の英語を鍛えてくださり、人生についての考え方を変えてくださり、数学の師匠との出会いのきっかけを作ってくださった先生に敬意と謝意を表するとともに、初心を忘れないためにこのブログを書くこととします。

僕は小学校の頃までは英語を毛嫌いしていました。
小さいことに通っていた英会話スクール的なところは、英語というより遊びメインだったのでまだ大丈夫だったのですが、小学校に入ると海外からきた先生が突然英語で話しかけてきて、自分はその日教えられた文章で対応しなければならないという授業のスタイルに苦しんでいました。
「日本人やのに英語やらんでもええやろ」っていう典型的な考えを持っていましたね。

しかし僕は主にこの先生のおかげで、高校3年時にTOEFL iBTのスコアが120点中99点でした。
イギリスと北米の一部の大学などを除けば留学のオッケーサインが出る水準です。
もちろんもっと出来る方は大勢いらっしゃると思いますが、僕は日本生まれの日本育ち日本語以外を話す環境に身をおいたことがなかった割にはそこそこ高いスコアをとってる方なはずです。
もちろんそんな低レベルな自慢のためにこの文章を書いているわけではなく、あくまで先生の力のベンチマークになればなと思って書いた次第です。

骨子はこちらです。

独特のスタイル

独特なのは服装から経歴まで、ほとんど全てといっても過言ではありません。
身長は170センチ後半で、がっしりとした体型。
やや色あせたジーンズに登山靴、ボタンダウンのシャツかTシャツにベスト、そして頭にバンダナを巻いていて外出時はカウボーイハットがトレードマークの先生でした。
コスプレではありません
彼は、高校生の時に渡ったアメリカの牧場での経験に感化され、東北地方の大学の畜産学部で勉強したあと、実際に熊本県で私営牧場を営んでいた文字通りのカウボーイ
その牧場を日本でも最大規模の私営牧場にまでしたそうなのですが、オージービーフの参入により牧場をたたみ、地元である神戸にもどり小学生くらいの子どもたちに「学校で教えられないこと」を教える私塾を開きます。
そうこうしているうちに大学受験の英語の簡単さに気づいたらしく(本人談)中高生相手に英語を教えるようになりました。

彼の理念は、英語の上達にはスポーツにおける運動神経のような「英語神経」が必要であるというものでした。
頭で文章を考えるのではなく、反射的にレスポンスが出来るようになる状態を目指すというわけです。
そのために必要とされているのが、音読とその結果としての文章の暗記でした。
今となってわかるのですが、先生はこれを通じて英文の構成の雛形を頭の中につくらせたかったのでしょう。

中学生になる頃には、父親の影響もあり(おとんまじでありがとう笑)英語ってこれから大事なんちゃうかなと思い始めていたので、とりあえずその先生のもとで勉強することにしました。
授業ではプリントに書いてある英文を解説しながら音読を行い、宿題として1日10分の音読(暗唱できるように)を出されました。
その当時中学受験が終わりたての僕は記憶力が良かったので、結構サクサクと覚えていけましたね。
しかも入ろうと思っていた部活が僕にあわなさそうやなと思ってしまい、廃部しかけの山岳部に入ったので、時間を持て余していました。
(正直テニスにめちゃめちゃハマっている今からしたら、テニス部に入ればよかったなと思いますし、そもそも僕のようなわがまま小僧に「合う」部活など存在しなかったと思われます。まあでも廃部しかけの部活を復活させるという貴重な経験をつめたので良いことにしています。その話はまた別の機会に。)
当時僕はとても真面目ちゃんだったので、持て余した時間で勉強をやることにしました(今となっては考えられない懸命すぎる判断)
音読と暗唱は進捗がすごくわかりやすかったので、ゲーム感覚でやってましたね。
もともとテレビゲーム大好きなんですけど、流石にテレビゲームだけやるのもなと思って最初は片手間にやっていました。
でもそうこうしているうちに、その塾には自分の授業じゃない日に授業を同じ中高の先輩もたくさんいらした上に、カウボーイだった頃の先生の話が面白いので、自習がてら週3−5で通うようになりました。
基礎的な暗記をすべて終わらせた後に僕に課せられたのは、英字新聞の記事の読み込みと音読でした。
みんなが部活をやっている間に僕は勉強していたので、当然ながらものすごい量の英文を読み、中3でジーニアス英和辞典の全ページの9割に何かしら赤線が入るような状態に。英和辞典を使い倒しました。
で、先生に「次は英英辞典やな」と言われ、中3で英英辞典の使い手に。笑
更に一つ上の学年のクラスにもタダで参加させてもらえることになりました。

老人のしょうもない自慢みたいになってしまいましたが、僕が伝えたかったのはこの先生がやる気が尽きるまで勉強の材料を与えてくださっていたことです。

おもろい生き方とは

先生に教えていただいたのは英語だけではありません。
僕は彼の豪傑な生き方にもろに影響を受けたのです。
もともと先生が高校時代にアメリカへいったのも、その当時(おそらく50年くらい前)からすればものすごいことですよね。
彼の父親は大手企業の役員であったため、こうした際にお金に困ることはなかったそうです。
そして、米国に渡って彼は親の定めた道ではないところへ自身の興味を抱くようになります。
そう、畜産です。
もちろんその道を進むことを父親に反対され、仕送りを送らないとまでさえ云われましたが、彼は自らの意志を変えることはありませんでした
生活が苦しく、馬小屋の屋根裏で自分の馬とともに生活を送っていたこともあったそうです。
家よりも馬を優先するあたり、普通じゃないですね。笑
そんじょそこらのYoutuberよりよっぽどファンキーな人生経験に、僕は引き込まれていきました
あと先生の若い頃の写真、めちゃめちゃイケメンなんですよね。
高校時代は周りの女子校をブイブイいわせてたらしいです。(本人と奥さん談)

これまで医者を志し真面目に勉強してきた僕でしたが、先生の話を聞いて急に自分の未来が見えすぎていることにつまらなさを感じるようになりました。
もっと自分の楽しいこと、やりたいことにフォーカスした人生のほうが楽しそうだなと。

そんな僕の思いを察してくれたのか、先生はある日僕に言いました。
お前は医者にはならんでええんちゃうか
多分医者にはなれる。でも英語好きなんやったら、視野広げる意味でも国際的な仕事についたほうがおもろいんちゃうか

確かに。僕はそう思いました。
今まで野口英世の伝記や自分の入院経験からなんとなく医者になりたいと思っていたのですが、それは小学生のころ医者以外の魅力的な職を知らなかっただけ

英語というツールを使いこなせられれば、世界中を股にかけてより多くの人にインパクトを与える仕事が出来る。

先生は英語を教える合間に話す人生経験で、視野を広げてくれていたのです。

それまで周りに褒められることを第一に生きており、自分のやりたいことにあまり目を向けていなかった僕も、こんなおもろい人生を送っていた先生に週3−5回も会ってれば当然価値観を変えられました。

つながる人脈

こんなに面白い先生なので、面白いOB・OGも当然たくさんいらっしゃいました。
先生が体調を崩される直前、僕はOGの方が経営する英会話の教室に通うようになりました。
リーディングやライティングは机で勉強してればなんとかなりますが、リスニングとスピーキングはそれでは不十分だと思っていたからです。
そこで母親に英会話に通いたいというと、これ以上の投資はひとまず無理だと言う返答
当然の反応でした。僕は小学校を除く、幼稚園、中学、高校すべて私立に通わせてもらった上に、大量の習い事をしていたからです。
僕は一人っ子ではありませんし、弟も高校までは僕と同じような感じだったので、家計の負担は相当のもの。
僕は親に感謝してもしきれません。
ちょうど英会話に行く前にお金を出してもらっていた習い事を、僕が真面目にこなさなかったことも要因でしょう。
そこで僕はどうしたかというと、どうしても英語を勉強したいからお金を出してほしいとおばあちゃんに頭を下げました
気づけば僕にも行動力がほんの少しずつ付いていたのかもしれません。
このときの英会話の経験は、留学中のいまでも役立っています。
英会話でも留学でもなんでも、とにかく英語でコミュニケーションをとる環境に身を置くと、ある日急に相手が何を言ってるのか分かるようになる日が来ます。
コスパが良いのは英語をしゃべる友達を作ることですが、正直方法は何でも良いと思います。僕にとっての選択肢は英語を話す友達を作るか、英会話でした。
結局どっちもやったんですが、それについてはまた今度お話します。

そして僕がVol.2で紹介する数学の師匠も、OBの一人だったのです。
数学と英語ができれば入れる文系大学に通っている僕は、彼にもまた相当の恩義を感じていますので、次回紹介したいと思います。

以上となります。

全体的に自慢したいだけの文章と捉えられるかもしれませんね。
過度な自慢は不安のあらわれなので、気をつけなければなりません。
僕を育ててくれた先生のことをそれほど誇りに思っています。
彼に出会っていなければ、僕の人生は安定しているけど少しつまらないものになっていたでしょう。
こうやって先生のことを思い出すと、エネルギッシュにたくさんのことを吸収していた中高時代が思い出されます。
今の僕も頑張らないといけませんね。

本日はここまでとさせていただきます。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。